① 80代の男性、ある泌尿器系のがんで治療を受けており、新たな化学療法を導入されてから食事が徐々に取れなくなっており、相談しようとしていた矢先に、COVID-19となった。この状態はなんとか回復するも、食べれない症状が持続し、がんのかかりつけに相談してもCOVID-19 のため受診できないということで、ともクリニックをはじめて受診。
② 80代の女性、進行性の神経系難病を長年患っており、数ヶ月前から徐々に食欲が低下。点滴を希望されて主治医と相談したが、続けてもらえそうにないために、当院で点滴をできないかということで、ともクリニックをはじめて受診。
③ 80代の男性で泌尿器系のがん既往がある。もともと固形物の飲み込みができないということがあり、調べようとしたが、とくに治療をうけたいという希望がなく、本人が検査を受けないことを選択。その後は年単位で当院を通院されて安定していたが、急に食べなくなり、立ち上がることもできないということで相談があり、在宅訪問
いずれも、実際にクリニックに相談があったケースです。高齢の患者様が食べれなくなったということで相談に来られる場合、その原因は複数にわたることが多く、複雑です。2023年に米国でされた大規模研究結果(米国公的保険メディケア対象高齢者約3千万人のデータ解析)では、年間に約1%の高齢者が食べれないというような状況で医療機関に受診しており、高齢になるにつれてその頻度が増加していることがわかっています。食べれなくなる場合、ベースとなる疾患を抱えていることが多く、肺疾患や認知症、末梢血管疾患を抱えている患者が多くなっている傾向にあったようです。死亡の危険度は食べれている高齢者に比べて5倍以上(RR 5.49)という結果で、その影響は甚大です。このように高齢者にとっては危険な症状ですが、その原因は多岐にわたるため治療方法は複雑です。しかし、医療情報が巷にあふれているため、食べれないから「点滴」を、食べれないから管をつかって栄養をというような考え方をされる方が多いと思います。これは至極もっともな発想で、間違いではないと思いますが、残念ながらそのまま正解とも言えないというのが正しい考え方といえるであろうと考えます。
一般的に高齢患者が食べれなくなったとき、咀嚼の問題(歯やあごのトラブル)、薬剤等による唾液分泌トラブルや食欲低下の問題、疾患による影響、飲み込みができない、一人暮らしで食事の準備ができないなどなど、様々な原因が考えられます。これらの多くの場合に点滴をするということは最初は妥当だろうと考えます。ただしそれは、治療のためではなく、点滴で脱水の補正を行って時間を稼ぎ、その間に原因を調べるためというほうが正しい表現になるかと思います。点滴にはいろんな種類がありますが、自宅で持続的にすることは、限られた場合にしか行いません。というのも、その管理が難しく、すぐに詰まったりしてなんども針を入れ替えたりすることや、出血、それからなんといっても感染のリスクがあり、感染した場合は敗血症といって致命傷にもなる危険があるからというのがその理由です。高齢者はそれだけでも免疫能が低下しており、感染のリスクが高く危険です。ですから、一時的な点滴ですこし時間を稼ぐというのはよくあるかと思いますが、治療のために点滴を継続するということは現実的ではありません。
今回紹介した3つのケースでも、私は点滴の選択肢を選びました。③の場合は、原因を調べるための採血と同時に病歴と身体所見で一時的な腸炎症状と考えられ、翌日には自分でいままでのようにではあるが少しずつ食べられるようになり、点滴は1回のみでした。
①の場合は、数回行い、栄養剤も使用させていただきました。なによりも、本人がつらいという訴えがあったこと、それから抗がん剤の影響をベースにCOVID-19が拍車をかけたと考えられ、せめてCOVID-19からの回復を助けるまでの間は適応があると考えたからでした。実際、その後はがんのかかりつけ医と相談して治療内容を変更して経過がよくなっているとのことでした。
難しいのは②のケースで、ご家族が大変心配されておられました。その気持ちはとてもわかりますが、本人はとくにつらいというようには思っていないことが印象的でした。咀嚼や嚥下の目立ったトラブルなどなく、ただただ、食べたいと思わないような状態で、基礎疾患の神経難病との関連がもっとも考えられる状態でした。もちろん精査は必要であろうと思いますが、このまま食べれない というよりも、 食べないようになることも十分に考えられます。そんなときにどのように過ごしていくのか?これは人生の最後の時間になる可能性もあり、かかりつけ医と十分に話し合って進めていくことが、点滴を続けることよりも大切なことだと思われました。
私が老年科の研修をうけたハワイは、ご存じのようにおいしいものがたくさんある土地柄でして、指導医にも食べることが大好きな先生がたくさんいらっしいました。プログラムの責任者が、食べられなくなったら私は医療はいらないというようなことをなんども口にしていたことを思い出します。食べることに対する考え方は、その地域の文化やその人の歴史など、様々なことが影響を及ぼすものだと思います。この先生は食べられなくなったら、それ以上無理に生きていたくないという考え方だったでのでしょう。それが正解ではなく、その人なり、その地域や土地柄の考え方がきっとあるのだと思います。なので、患者さん本人や家族でも異なるでしょうし、もちろん医師個人との考え方も千差万別でしょう。患者さんや家族の考え方と医療者の考え方がマッチするときはいいですが、マッチしないときにはトラブルになることもあるのかもしれません。その人の背景から、食べることへの考え方を共有し、食べれなくなったときにどうしていくのか?をともに考えることが大事なのでしょう。自分が食べれなくなったとき、どうしてもらいたいか?どうしたいか??? 考えておくことは大事なことだと思います。
参考文献
Clin Geriatr Med 2017 Aug;33(3):315-323
J Nutr Health Aging. 2023;27(3):184-191.