ある女性患者さんのことを書きたいと思います。ご家族からも了承を得ての記載ですが、あまりにも印象が強い女性で、どのように文章にまとめていいのかわからず、なかなか筆が進みませんでした。いろいろと考えても、よくわからなくなってしまうので、思うままに、書き進めてみようかと思います。冗長な文章、お許しください。
この高齢女性、医学的には肺がんの末期とされ、入院して治療するぐらいならいらないときっぱりと断り、それでは外来で緩和治療をということで、ともクリニックを紹介され、訪れてくれたのが出会いでした。長年付き合いされていた医師も別におられましたが、在宅診療も希望があり、当院を選んでくださったのだと記憶しております。
息子さんと一緒に外来に来られたのですが、病気とは思えないぐらいしっかりしておられ、また竹を割ったように自分の意見をはっきりと述べられる方で、最後は入院して迎える、息子が頼りないから!?一緒にいておどおどするのを見るのが嫌だからと強気で言っていたのが印象的です。これまでも自分の意見をはっきり言う、嫌ときめたら嫌とする性格で、医療者とはすくなからずトラブル!?があったようで、でも気に入るとずっと付き合うというような方であったようです。どうやら、ジャズもお好きなようで、ともクリニックの待合では私が好きでよくジャズを流しているのですが、ある日、「あれは誰の趣味やの?」と聞かれたことを記憶しています。私の趣味でと答えると、「先生はそんな風に見えなかった、どっちか言うたら演歌系かと・・・」と、自分のどんなとこが演歌的だったのだろうと?と聞いてみたいと思ったこともありました。
もちろん、通院当初はとくに症状がなく、私としてはお話を聞かしてもらって、困っていることを聞く程度でした。ご家族といかれる旅行を楽しみにしておられ、いつも行っていたところに行けなかったので、春になればいけるか?といつも言われておられました。というのも、がんの主治医からは春は迎えられないと余命を伝えられていたからで、「さくらは見られないと言われた。」といったようなことを何度もおっしゃっておられました。今思えば、その時はその時やと強気で言われていた半面、不安で考えることもあったのだろうとおもいます。とくに同居する息子さんはお仕事もあり、日中一人で過ごされていたようで、心細いところもあったのでしょう。でも、そんな側面は少しも、みせていませんでした。そのあたりの心境を伺おうにも、「大丈夫!」と終わってしまうので、ただただ、困ったときはいつでも来てほしいというような関係を築くことに専念していました。
そんな風に時間が過ぎていたのですが、ある日を境に腹部の痛みを訴えられるようになりました。最初は控えめでしたが、いつもなら定期受診の日しか来られないのに、予約をはやめてこられるようになり、やはり痛みがましてきたと考えられました。肋骨近傍に転移があり、その鈍痛および肋間神経に浸潤した神経痛と考えられるような特徴があり、オキシコドンという麻薬製剤を使用してコントロールを狙いましたがなかなか、突発する激痛を抑えることができず、頻回に受診される日がつづくようになりました。「オキちゃんをつかうと、なんぼかよくなるけど、またすぐに痛くなりよる」。医療用麻薬製剤に「ちゃん」付けして愛称とする人に初めて出会いましたが、それが彼女の表現で、アセトアミノフェン(商品名カロナール)を「カロちゃん」と言って、自分なりの理解をして、痛みやその薬と向き合っておられました。
痛みは控えめに言ってもコントロールがうまくいかず、私としても頭を悩ませました。神経痛をうまくコントロールできていないこと、それから、おそらく症状が出てきたことや日中一人であることからくる心理的な要因、そういったものが痛みとして表出されていたのだと思います。いつもクリニックに来るたびに痛みを訴えられるものの、クリニックではうずくまったりすることはなく、これまでのように明るく、元気な声で、面白おかしく話をされている、そんな姿に、この痛みは単に生物学的なものだけではない要因があるだろうし、それをコントロールするには・・・と頭を抱えたことが記憶に残ります。それでも、家では動けなくなるぐらいになるということで、薬剤を増量したりして対応しておりましたが、ある日、息子さんより連絡があり、自宅で転倒されて大腿骨を骨折し、緊急入院したことを知りました。痛みで頻回受診しながらも、帰りは笑顔で帰っていく、そんな風に時間が過ぎて、春がもうすぐそこまできており、桜もみられるよと話をした矢先のことで、私たちもとてもショックをうけたことを覚えています。
医療用麻薬の鎮痛に対する効果は認められておりますが、やはり麻薬には副作用がつきものです。とくに高齢者の場合、その影響をうけやすく、転倒につながることも指摘されており、非がん患者での慢性疼痛に対する麻薬の使用は控えるようにすることが今の医療の主流であるでしょう。しかしながら、予後が限られ、痛みなどの症状があっても、住み慣れた自宅で、できるかぎり生活するようにするには、麻薬の使用は切り離すことができません。副作用のないけど、症状がある程度コントロールできる、そんなところを目指して薬剤を調整するのが私たちの役割の一部ですが、今回は残念ながら転倒につながってしまった可能性を否定できず、学びとして、これからの診療に役立てていきたいと思っております。
痛みが激しくなってきた状態での入院であり、退院が難しいことが予想され、私も、当院のスタッフも、この女性にまた会えるのは難しいか!?と思って過ごしていたのですが、息子さんが近況をクリニックに伝えてくれるようになり、嫌いな入院生活もがんばっておられる様子を知ることができました。そして、退院の日を迎えることができるようになり、私たちも、退院に合わせて訪問診療をするようになるのですが、それから先は後編でまとめたいとおもいます。