ある春の日

 よく、日本の医療の外来診療は待ち時間が長く、診療時間は短いと揶揄される。実際、大きな病院では2時間待たされるようなことは多くあるようで、外来でも、「この間、すごく待たされた・・・」と耳にすることが多い。

 どこかの病院だけでなく、多くの病院でこういう現状であろうことは推測だが、あながち間違いではないだろう。だとすれば、おそらく医療システムに問題があることは間違いなく、具体的な完全策は、こういった分野に長けた人にお任せするとして、そんな中でどんな外来診療をともクリニックができるのかを考える日々である。

 ある春の休日。息子が今年受験であり、先日、志望校の選択肢の一つの学校の説明会に家族と参加した。朝晩はまだまだ寒いものの、やや落ち着きつつあり、天気のいい日で、学校説明会という経験もはじめてだったので、なにか少し緊張するような気持ちで、参加していたところ、患者さんの家族から連絡が入った。

 「朝から息を苦しがっていて、どうしていいか・・・」
 前日に外来で診療させていただいた患者であり、呼吸苦が出てくる要因はあきらかであった。そのため、症状を緩和する処方を行っていたが、家族曰く、それを朝からなんどか飲んでいるが、効果が得られず、苦しそうな呼吸をしていると。

 在宅訪問診療をしていると、このように休日に診療の依頼が入ることは、それほど多いわけでもないが、遭遇するもの。息が苦しいということは捨て置けないことであり、すぐに向かうということで電話を切った。出先であり、急ぐべきであると考え、タクシーで診療所に向かった。

 車中、どうやって治療を進めるか?を考えながら見ていた風景が、べつに普通の風景だけど、春の陽気と休日の朝の静かな時間の感覚が重なり、なぜだか知らないけど、とても落ち着いた気持ちになった。そんな気持ちのままクリニックに到着し、いろいろな可能性を頭で考え、薬剤や物品を準備して、患者さん宅に向かう。

 心配そうな家族、つらそうな患者。それでも、私の前では少し無理をしているような印象で、状況を聞きながら、すぐに口からの薬ではなく、点滴での薬剤が良いと思い、準備を整える。体内酸素の濃度も低く、在宅酸素の手配をしながら、薬液を準備し、治療を開始する・・・。滞在時間はおよそ1時間半程度、薬剤投与でやや落ち着き、息がつらくて姿勢の取りようがないような状況であり、どうやったら楽に横になれるかなども話し合う。そんなことに答えはないが、試行錯誤で患者さんと家族と一緒に向き合う。約1.5時間程度。

 ごく当たり前の在宅診療だと思う。でも、この1時間半は、自分の中には目の前の患者のことだけに没頭できた時間であった。それは、医師にとって、かけがえのない時間であるように思う。こうやって没頭した時間で症状が改善したときの気持ちは、とても言葉では言い表せないもの。救急医のころ、駆け込んでくる重篤な患者の初期対応で、状態が改善した時の気持ちと相通じるものがあると、私には思えた。

 2時間待ち、3分診療。こんな外来診療では、こういった目の前の患者さんに没頭する時間を得ることは医師にも無理だ。患者さんも疲弊するだろうが、実は医師も、医師としてのかけがいのない時間を失ってしまっているように思える。どちらも、大切なものをすり減らして、医療を受けて、行っている。そんな医療で何が得られるのだろう。どうすればいいのか?

 ともクリニックでも、待ち時間に関しては、よくご忠告をいただく。症状が落ち着いている場合は空いている時間に誘導したり、不安定な人の場合はすぐに診療したりなどの工夫をしているが、それでも待ち時間は1時間を超えることもある。そんな時、私が診療時間を減らしてしまえば、簡単に済むだろう。しかし、診療しているときに、目の前の患者との時間を減らしてまで、待ち時間短縮をしてもいいのか?それを本当に患者さんも希望するのか・・・?すくなくとも、私は、先まで述べた医師として大切な時間を擦切ってまで待ち時間短縮をする価値が見いだせず、そんなことをすればクリニックを開業した意味まで、見失ってしまうように思える。

 ともクリニックも、医師たちも、この待ち時間には頭を悩ませている・・・、それは間違いのない事実だろう。

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